研究紹介
実は小さい声で鳴いていたニホンヤモリ
鳴き声をつかった動物のコミュニケーションについては、セミやカエルのコーラスや鳥のさえずりといったよく目立つ大きな鳴き声は昔からよく研究対象とされてきたものの、目立たない小さな音量の鳴き声については実は研究例が少なく、特に爬虫類ではほぼ皆無でした。大半の爬虫類は発達した声帯をもたず鳴きませんが、カメの一部、ワニやヤモリは鳴き声をコミュニケーションに用いています。熱帯に棲息するヤモリの一部は大きい声で鳴きコミュニケーションをとることが知られている一方、日本に広く分布するニホンヤモリGekko japonicusは、捕食者に襲われたとき以外は鳴かないと信じられてきました。そこで、ニホンヤモリ2個体が出会ったときの行動を飼育下で観察したところ、多様な視覚ディスプレイに加えて、オスもメスも、規則正しくパルスを繰り返す構造の声で頻繁に鳴くことが明らかになりました。鳴き声の音圧はかなり小さく、同属のトッケイヤモリG. geckoの鳴き声が野外で100m以上離れたところからも聞こえると報告されている(Tang et al., 2001)のに対して、ニホンヤモリの鳴き声は3m離れると聞こえない程度であり、その音の小ささゆえにこれまで気づかれなかったと考えられます。また、同性同士で出会った場合は闘争を行いながらオスもメスも鳴きますが、異性間で出会った場合はオスしか鳴かないことがわかりました。このことから、闘争では両性共に鳴きますが、求愛ではオスしか鳴かないことが示唆されました。
小さい音の鳴き声の利用はヤモリ類で初めての報告であり、このことから、これまで鳴かないとされてきた他のヤモリでも小さい鳴き声を利用している可能性が示唆されます。また、小さな声で鳴くニホンヤモリに加えて、ほとんど鳴かない種から大きな音量の広告音を用いる種まで音声コミュニケーションに対する依存度が様々な種を幅広く含むヤモリ類は、音声コミュニケーションの進化を紐解くうえで格好の研究対象であると考えられます。
Jono, T. and Inui, Y. 2012. Secret calls from under the eaves: acoustic behavior of the Japanese
house gecko, Gekko japonicus. Copeia 2012: 145‐149.
Jono, T. and Inui, Y. in preparation. Social function of visual and acoustic signals of the quiet-calling gecko, Gekko japonicus.
国内移入種オキナワキノボリトカゲの屋久島への移入
オキナワキノボリトカゲJapalura polygonata polygonataは沖縄や奄美に生息しているアガマ科の昼行性トカゲで、その個体数の減少が危ぶまれていました。しかし一方で、近年、九州の日南市や指宿市に移入し大きく個体数を増加させていることが報告され、その動向と在来生態系への影響が注目されています。2012年4月、屋久島でもオキナワキノボリトカゲが発見されました。そこで、発見地周辺で4月から9月にかけて計9日間の調査を行ったところ、合計14個体が捕獲され、うち2匹は卵をもったメス、3匹は孵化幼体でした。そのことから、オキナワキノボリトカゲは既に屋久島に定着している可能性が高いと考えられます。キノボリトカゲが見つかったのは全て一次林要素を含んだ二次林で、屋久島では低地ならどこにでも見られるタイプの森林でした。そのため今後の分布の拡大が懸念され、さらに400mほど離れた地点からもキノボリトカゲが2個体見つかっていることから既に分布は拡がりつつある可能性があります。
爬虫類が外来種として他地域に移入した例はカメ類で最も多く(ほとんどがアカミミガメの仲間)、続いてトカゲ類で多く報告されています(Kraus, 2009)。例えば、アノールトカゲの一種であるグリーンアノールは世界各地に移入・定着を行っており、日本の小笠原諸島では在来昆虫相の衰退などの深刻な影響が報告されています(Karube, 2010)。オキナワキノボリトカゲの在来生物への悪影響は今のところ知られていませんが、日南市では1321.4/haと小笠原のアノールに匹敵する非常に高い個体数密度が報告されています(貴島ほか, 2012)。個体数はまだ少ないであろう屋久島のオキナワキノボリトカゲにおいても、今後の動向を注意深く見守る必要があります。
Jono, T., Kawamura, T. and Koda, R. 2013. Invasion of Yakushima Island, Japan, by the subtropical lizard Japalura polygonata polygonata (Squamata: Agamidae). Current Herpetology 32(2): 142-149.
求愛シグナルの種特異性とその認知能力の進化的喪失:ヤモリ属8種の鳴き声の複雑な種間多様性
ヤモリ属は日本に8種分布しており、互いに見た目や生態はそっくりです。特に南西諸島で種多様性が高く、複数種が同所分布する島と単独で分布する島が、モザイク状に入り混じった複雑な分布様式を示しています。同所分布するにも関わらず交雑しない種のペアと、交雑する種のペアとがあることが分かっていますが、そのような違いがなぜ生じるのかについては不明のままでした。
ニホンヤモリの場合と同様に飼育下で求愛行動を観察したところ、これらの8種すべてのオスが鳴き声でメスに求愛することを発見しました。さらに、そのうち4種が鳴き声のパルスパターンが種によって異なり、メスは鳴き声で種を識別できることを示しました。一方で、残りの4種はそのような決まったパルスパターンをもたないランダムな鳴き声で、メスは鳴き声で種を認識できないことを示しました。
ヤモリ科の鳴き声についてはほとんど調べられていないため鳴き声の進化の方向性について論じることは難しいですが、これまでに分かっている7属15種の鳴き声の全てが決まったパルスパターンをもつこと、パターンのない鳴き声が今のところ本研究によるヤモリ属4種のみであることなどから、鳴き声のパターンはこれらヤモリ属の一部の種のみで進化的に喪失したことが強く示唆されます。種認識できない種が他の近縁種に出会った場合のみ交雑が生じていることから、それらの種で鳴き声による隔離機構が失われたことが、交雑の原因の1つであると考えられます。
現在、中国や台湾、ベトナム、ラオスに分布する種を含めたヤモリ属 ニホンヤモリ種群の系統関係と鳴き声構造の調査を進めており、その進化過程の詳細が明らかになりつつあります。
Jono, T. 2016. Absence of temporal pattern in courtship signals suggests loss of species recognition in gecko lizards. Evolutionary Ecology 30(4): 583-600.
城野哲平. 2016. 飼育下におけるミナミヤモリ及びアマミヤモリの繁殖行動の観察例. Akamata 26: 11-15.
マダガスカルのアリによる天敵ヘビに対する二重の防衛戦略
社会性昆虫ではしばしばワーカーカーストが協力し合い、時に一見利他的にコロニーを防衛します。脆弱な幼虫や繁殖カーストは巣内で保護され、多数のワーカーによる噛みつき、毒液の噴射、自爆などの対捕食者戦略によって侵入者から守られることは良く知られるところです。スワメルダームアシナガアリのワーカーも同様に、侵入者に対して激しく噛みつくことで追い払う行動を示します。このアリの分布域であるマダガスカル南西部には、デコルセイメクラヘビが分布しています。この種はメクラヘビとしては非常に大型で、一般にメクラヘビはアリの幼虫や前蛹、シロアリを専食するため、この種も同様にこのアリにとって天敵であると考えられます。実際に、2個体の標本を解剖したところ、胃からはこのアリの前蛹が多数見つかりました。一方で、メクラヘビを含む幅広い脊椎動物を捕食するゴノメアリノハハヘビは、現地語で「アリの母(レニンビツィカ)」と呼ばれ、攻撃されることなくこのアリの巣に同居することが知られています。このことから、現地ではアリが巣の中で家畜のように「アリの母」ヘビを飼っており、ヘビを太らせてから食べてしまうという話が伝えられていました。
アリと真逆の関係をもつと考えられるこれら2種のヘビに加えて、カエル食のヘビを実験的にこのアリの巣に提示したところ、ワーカーはカエル食のヘビには激しく噛みついて攻撃したのに対して、デコルセイメクラヘビに対しては一斉に巣内に戻って前蛹と幼虫を巣外に運び出し避難させる反応を示しました(論文のサプリメンタルムービー参照)。通常、巣外(地上)は(メクラヘビ以外の)捕食者に襲われやすい危険な場所であるはずなので、この行動はまさに対メクラヘビ用に特化されたものであると考えられます。アリクイなどアリを専食する脊椎動物は多く知られていますが、アリが脊椎動物の捕食者の種類に合わせて防衛行動を変えるような例はこれまで知られていませんでした。この避難反応は、アリによる特定の脊椎動物専用にスペシャライズされた対捕食者行動の初めての例となります。一方でゴノメアリノハハヘビに対しては、ワーカーアリは攻撃せず巣内に受け入れる反応を示しました。「アリの母」はこの地域で数少ないメクラヘビの捕食者であることを併せて考えると、このアリのワーカーは、①ゴノメアリノハハヘビを「用心棒」として巣に同居させ、それでも襲われると②協力して幼虫や前蛹を避難させるという、二段構えの戦略によって巣を防衛している可能性があります。また、アリの巣は温度・湿度が一定になるよう設計されているため、ヘビにとっても乾季の厳しい調査地で快適なアリの巣を隠れ家として利用するメリットは大きいでしょう。そのためこのアリと「アリの母」ヘビは、現地の物語とは違い、互いにwin-winの関係である、つまりアリとヘビという今まで全く検討されてこなかった新規な系における相利共生の関係にあることが示唆されました。ただし現状では、「アリの母」が匂いなどでアリを騙すことによって攻撃を回避し、一方的に巣を利用している可能性も否定できないため、この相利共生仮説については、共同研究者が主導する後続の研究で検討しているところです。
Jono, T., Kojima, Y. and Mizuno, T. 2019. Novel cooperative antipredator tactics of an ant specialized against a snake. Royal Society Open Science 6(8): 190283.
フサエカメレオン属における形態的な性的二型とコミュニケーションの相関した種間多様性
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